板屋九郎兵衛さんとお菊さんと道の駅

こんにちは。三重県熊野市のデザイン事務所ソルトグラフィックです。

観光地である三重県熊野市にはいくつかの道の駅があります。その中でも、山間の紀和町にある「道の駅 熊野・板屋九郎兵衛の里」は数年前に出来たばかりの施設。

道の駅熊野板屋九郎兵衛の里

熊野地鶏など名産品を食べたりお土産物を購入できるだけでなく、近隣には丸山千枚田や赤木城跡、トロッコに温泉、鉱山資料館などあり観光名所への中継地点としても便利な道の駅です。

三重県熊野市紀和町丸山千枚田

この道の駅の一風変わったところに、勝運にご利益のあるお守りなどが販売されているということがあります。それは、この道の駅の由来にもなった板屋九郎兵衛さん伝説に由来するもの。

今も伝わる板屋九郎兵衛さんとお菊さんの伝説について記したいと思います。

道の駅の由来、板屋九郎兵衛さんとお菊さん伝説

板屋九郎兵衛さんとお菊さんとは

九郎兵衛さんとお菊さんの伝説は以下のように伝わっています。

板屋九郎兵衛伝説

「九郎兵衛の里」の名前の由来となった板屋(玉置)九郎兵衛さんは江戸時代に板屋の里と呼ばれたこの地に実在した人物でお菊さんという女房がいました。
二人の間には子が生まれず、彦八という幼子を養子にもらい、仲睦まじく暮らしていました。
当時板屋の里は全国から荒くれ者が集まる鉱山の土地。毎夜博打や喧嘩が繰り返されるこの地で、九郎兵衛さんは博打の胴元であるとともに、義理人情に厚いことから庄屋も務めていました。
九郎兵衛さんが博打場へ出かける時はかならず「出かけるぞ」と言ってお菊さんの肩を軽く叩いたそうです。そうすると必ず博打に勝ったそうです。

ある日のこと、村でお祭りがありました。お菊さんは月のものの日でお祭りにでられず、彦八を連れて、村の習わし通り暇屋というところに行きました。
九郎兵衛さんが帰るとお菊さんがいません。ちょうどその頃、お菊さんが久作という踊りの師匠と怪しいという噂を耳にしていたので、さては駆け落ちしたのではと勘違いし鉄砲を持って家を出ました。
九郎兵衛さんは、暇屋でお菊さんを見つけますが、薄暗い中、一つ布団で彦八と寝ているのを、久作と床を共にしていると勘違いし、逆上して鉄砲を撃ち放ちました。彦八の泣き声で勘違いに気付きますが、すでにお菊さんは事切れていました。

はげしく後悔した九郎兵衛さんは頭を丸め、懺悔のため入定(即身仏になること)することにしました。
九郎兵衛さんは入定の間際、「つらい時は頼みに来いよ。一度は必ずかなえてやるぞ。」と村人に言い残したそうです。
今でも九郎兵衛さんの墓に触ると願い事が叶うとして、お菊さんの墓はあらゆる勝負事にご利益があるとして多くの人から信仰を集めています。

(道の駅 熊野・板屋九郎兵衛の里パンフレットより引用)

正直、悲劇としか言いようがありません。

伝説には様々なパターンがあり、お菊さんが大蛇になったというバージョンもあるみたいですが、近年では上記の話が一般的に語り継がれているようです。

九郎兵衛さんとお菊さんの墓

九郎兵衛さんとお菊さんのお墓は今でもご利益をもとめて参拝に訪れる人が多いそうです。

私も両方とも行ったことがありますが、少しわかりづらい場所にあるので参拝の前には道の駅で詳しいルートを聞いた方がいいかも。

九郎兵衛さんのお墓は、道の駅から車で数分の場所にあり、わりと行きやすいです。

伝説によれば、入定(生きたまま石室に入り、衆生救済のため念仏を唱えながら即身仏になること)したとあるので、このお墓の下には今も九郎兵衛さんの即身仏があるのでしょうか。

大正か昭和の時代に、難病にかかった人が「九郎兵衛さん助けてくれ!」と墓の中に入り病気が治ったという資料を見たことがあります。その人はお墓の中でいったい何を見たのでしょう。

お菊さんのお墓は、道の駅の裏手の山の中にあり、少し山道などを歩かなければいけません。

以前地元の人に聞いた話ですが、競馬やパチンコなどが好きな人にお菊さんのお墓の熱心な参拝者も多いそう。お菊さんの肩をぽんと叩くと、九郎兵衛さんは博打で負け知らずであったということから、そのご利益にあやかりたい参拝者があとをたたないのでしょう。

近年では賭け事だけでなく、スポーツや受験、資格合格など様々なことの勝運にあやかろうとお菊さんのお墓へ参拝する人がいるそうです。

道の駅熊野・板屋九郎兵衛の里のロゴ

道の駅熊野板屋九郎兵衛の里

「道の駅熊野・板屋九郎兵衛の里」のロゴと冊子はソルトグラフィックで担当させていただきました。

九郎兵衛さんとお菊さんのお二人が寄り添う形に。体の部分は紀和町を流れる北山川や山々をイメージしています。また、お二人の今に伝わるご利益を表現したく、「勝運」の文字をロゴに組み込みんでいます。

九郎兵衛の里さんではこちらのロゴをもとに、お守りなどのグッズも展開されているそう。道の駅に立ち寄った方々に、九郎兵衛さん伝説と紀和町の魅力が広まればなによりです。

冊子の方も、近隣の観光名所などを記載しておりますので、九郎兵衛の里を訪れた際は、ぜひ手にとってもらえれば幸いです。

道の駅熊野板屋九郎兵衛の里冊子パンフレット

九郎兵衛さん伝説の漫画も作成しました。

また、道の駅熊野・板屋九郎兵衛の里の資料コーナーには九郎兵衛さん伝説を漫画化したパネルが掲示しております。そちらもソルトグラフィックで製作させていただきました。

九郎兵衛さんとお菊さん伝説の漫画パネル

九郎兵衛さんは捩り鉢巻きをした、威勢のいい男として描いています。

これまでも絵物語などで九郎兵衛さんの姿は描かれていましたが、今までは庄屋さんのイメージを前面におしだした、庄屋帽子(?)をかぶった姿のものが多かったです。しかし、私はこれをガラッと変えてみました。

九郎兵衛の里のある紀和町は、古より鉱山の町として栄えてきました。

鉱山資料館などの資料を読むと、江戸時代以前などは、鉱山という場所はある種の治外法権的な場所であり、全国から荒くれ者が集まっていたそうです。

そのような荒くれ者を束ねていた九郎兵衛さんという人は、きっとものすごく男気とカリスマ性のある人だったのでしょう。

そういったイメージを出したくて、りりしい眉毛に捩り鉢巻きといった威勢のある九郎兵衛さん像を作り上げました。

漫画にすることで、紀和町に伝わる九郎兵衛さんとお菊さんの伝説がより広く伝わればと思います。

熊野市に旅行の際は、ぜひ道の駅熊野・板屋九郎兵衛の里にもお立ち寄りいただき、漫画をみてその伝説に思いをはせながら、お二人のお墓を参拝なさってください(お二人が安らかに眠る墓所ですので、マナーを守り、真心を持って参拝願います)。

また、紀和町の周辺にはたくさんの名所もあるのでそちらも合わせて楽しんで頂けば幸いです。

デザインが必要な時はソルトグラフィックへどうぞ

※ロゴやパンフレットなど各種デザインがご入用の時にはソルトグラフィックにご相談ください。

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三重県のデザイン事務所ソルトグラフィックで得意としているのがロゴデザインです。
これまでに企業、道の駅、個人商店、イベントなどのデザイン制作を通じ、多くの実績とノウハウを積み重ねてきました。
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